察する 

「ねぇねぇ。ゆうじ〜?今どこにいんのよー?」
 という間違い電話がついさっきかかってきて、「間違いじゃない?」って言った途端、プチンと切られた。早朝のバイトが終わって気持ちよく昼寝してるところだったのでなんだか腹立たしい。「キミは僕の精神的、肉体的な休息を奪ったんだ。謝罪したまえ」とか責める気はないけれど、せめてごめんなさいの一言は欲しかった。

 最近の世の中はどこか狂ってきていると常々思う。例えば僕はコンビニのバイトをしているのだが、早朝は朝のラッシュが他の時間帯と比べてものすごい。こっちも早く、多くのお客さんをさばかなくてはならず、高速レジになってしまいそっけなく見えているかもしれないが、ちゃんと目を見て「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」は言うようにしている。そして代金を渡して、商品をもらったお客さんはだいたい二分できる。僕が商品を渡したときに「ありがとう」と言うか言わないかだ。高速レジの中「ありがとう」と言ってくれる希少なお客さんはだいたい全体の3〜4割くらいなんだけど、言わない人はぱっと見でわかってしまう。
 言わないお客さんのほとんどはとてもおもしろくなさそうな顔をしている。他人との接触を拒んでいる様子だ。彼らは時として、代金を投げるように置いていき、商品を奪うようにして去っていく。そんな時に僕が小さく舌打をして、その客が置いていったレシートなどを細かくちぎったりして、ゴミ箱に丸めてポイしてるのは他のバイト仲間には内緒だ。

 ありがとう、ごめんなさい以外にも他人と接触したときの最低限のマナーというのがある。親にも先生にも教えてもらうものではなく自分でなんとなく学んだり気付いたりする、いわゆる暗黙の了解というやつだ。おそらく僕に間違い電話をかけてきた女の子もレジの時は無愛想だろう。彼らはなぜそれができないのか。

 日本古来の考えには、相手の気持ちを察し、思いやるという素晴らしい心がある。しかし、物量社会、資本社会化がシステマチックになるにつれ、その考えでは、やってゆきづらくなっているようにも思う。
 鬼平犯科帳によると、江戸時代といまでは雇用の考え方もだいぶ違うらしい。江戸の商店では「下女」なんていう住込みの女性を雇うものだけれど、これは長く働くことが基本である。そして5年も6年も勤め上げてくれたなら、雇い先の方でもそれ相応の嫁ぎ先を探して支度も出してくれる。下女の方でも、マジメに働けば主人が応えてくれると信じて陰ひなたなく働く。そうしあうことを「疑うものとていない」という素晴らしさがあった。
 論じあって決めるのではない。「そうしてあげたい」「そうするのがスジだ」という互いの察しと思いやりが生きているのだと思う。そしてそれを相手に期待する前に自分がやってみせる。そうすることで相手もやってくれる。お互いにお互いのことを察する。それが「思いやり」というものだろう。
 
 今は、とにかく勤め手も働いてみてダメなら辞めたらいいやと思う人が多いし、雇い手もダメなら辞めさせて次を雇えばいいやと思う。だいたい会社はそのままでも、雇い手のトップがいきなり知らない会社からやってくるなんていうことが常識の時代である。システム化した会社は利益も多重化して、誰のため?会社?社長?株主?上司?お客?自分?誰に奉公するかなんていうのも見えづらい世の中になったのだ。

 みんな不安なのだろう。そして思いやりづらい世の中で思いやりを貫き通すか、思いやることが出来ないので自分からの接触と外界からの働きかけを拒否するかに分かれてしまう。人を信じるか信じないか。
 
 江戸時代まで、ほとんどの町家には鍵がかかってなかったり、まどが障子だったりするのだって、日本人が察しと思いやりを持つからだ。開ける方が気を使って対処することができるからだ。開放的でいられるのは、相手の心持ちが開放的で、ちゃんと根本的なところで信じてあげられるからだと思う。
 
 友達や知り合いについて話すとき、「周りが見えていない」とか「自分のことしか見ていない」と批評することがある。そう批判されてる人たちも思いやりが出来ていない人たちなんだろう。優しいとはまた別である。自分のことでいっぱいいっぱいになってしまって、場の雰囲気や相手の気持ちを推し量ることが出来なかったり、自分の主観を押し付けてしまったりする。彼ら彼女らに思いやる脳内のキャパシティがないわけではない。思いやることを知らないのだろう。

 
おじさんおばさん世代が若者を批判する原因はここにあり、また若者の見本となるべくおじさんおばさん達も高度経済成長で確立した資本主義経済に組み込まれてしまっており、自分自身の殻に閉じこもり周りを見ようとしていない。そして思いやれないヒトたちがこれからもどんどん増産され続けるだろう。

 僕のモットーは思いやりであり、これからも心がけていこうと思う。どうすればいいのかはまったくわからないけれど。



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