罪と罰


「おじさんは誰?」

気が付くとその女の子は目の前にいた。男は黒いコートに黒いハットを被っていた。ズボンも黒く、顔は影がかり年齢がわからない。少女にとっては、年齢不詳の男はみんなおじさんなのだろう。

「わたしの名前はギルティだよ。お嬢さんの国の言葉にすると罪悪感という意味だね。」

「ザイアクカン?」

「そう。全てに対して謝りたくなることだよ。」

「じゃあいい人なんだね!」

「なぜだい?」

「だって、ごめんなさいって言えることはいいことだってお母さんも先生も言ってたよ。」

「・・・。そうだね。」

「ギルちゃん真っ青になって座っていたよ。」

あいつはこんな寂しい停留所をたった一人で通っていたのだろうか。どこへ行くともわからないその方向を、どの種類の世界へは昼かもしれないその道を、たった一人で寂しく歩いて行ったのだろうか。

「こーんなにして、眼は大きく開いてたけど、わたしたちのことはまるで見えないようだったよ。」

気が付くと、もう一人女の子が現れていた。

「シュラがね、眼をずっととても赤くして、だんだん環を小さくしたよ、こんなに。」

「環を作っちゃいけないよ。さぁ、手を出しなさい。」

「ギルちゃん、青くて透き通るようだね。」

「鳥がね、たくさんぱあっと通ったの。でもギルちゃん黙ってたよ。」

「お日さま、あんまり変に飴色だったわよねえ。」

「ギルちゃん、ちっともわたしたちのこと見えないんだもの。わたしほんとうにつらかった。」

「さっき、あっちの方ではしゃいでたねえ。」

「きっと、見えないのではなく、見ようとしなかったのだろう。」

考え出さなければならないことを、僕は痛みや疲れからなるべく思い出さないようにしていた。

「どうしてギルちゃん、わたしたちのこと見なかったんだろう。忘れたのかな、あんなに一緒に遊んだのに。」

「草も沼も一本の木もだよ。」

考え出さなければならないことは、どうしても考えなければならない。死というやり方を通っていき、それから先、どこへ行ったかはわからない。それは僕の空間の方向では図れない。感ぜられない方向を感じようとする時は誰だってみんなぐるぐるする。

それら人の世界の夢は薄れ、暁の薔薇色を空と感じ、新しく爽やかな感官を感じ、日光の中の煙のような薄物を感じ、輝いて仄かに笑いながら、華やかな雲や冷たい匂いの間を交錯する光の棒を過ぎ去り、われらが上方と呼ぶその不可思議な方角へ、それがそのようであることに驚きながら大循環の風よりも爽やかに昇って行った。

僕はその跡さえ訪ねることができる。そこに碧い静かな湖水の面を臨み、あまりにもその平らかさと輝きと、未知な全反射の方法と、湖畔でさめざめと光り揺すれる樹の列をただしく写すことを怪しみ、やがてそれが自ら研かれた天の瑠璃の地面と知って心が戦慄き、楽音が紐になって空に流れる。

これらをそこに見るならば、ギルティはその中に真っ青になって立ち上がり、立っているともよろめいているともわからず、頬に手をあてて夢そのもののように立つ。

「わたしが今頃こんなものを感じることは一体本当のことだろうか。私というものがこんなものを見ることが一体有り得る事だろうか。そして本当に見ているのだ。」

感じることがあまりに新鮮過ぎる時、それを概念化することは気が狂わないための生物体の一つの自衛作用だけれども、いつまでも守ってばかりいてはいられない。

「やっぱり、顔色、少し青いよ?」

黙っていろ。彼女の死顔が真っ青だろうが黒かろうが、少女にどう言われようがあるか。あいつはどこへ堕ちようともう輪廻にはいないのだ。

「もう一つ聞かせてあげるね。本当はね、あの時の眼は白かったよ。すぐに瞑りかけていたよ。」

まだ言っているのか。もうじき夜は明けるのに、全ては在るがごとく在り、輝くごとくに輝くもの。君の武器やあらゆるものは君にとって暗く恐ろしく、本当は楽しく明るいものだ。

「みんな、昔から兄弟なんだから、決して一人を祈っちゃだめよ。」

僕は決してそうはしなかった。僕は一度たりとも君だけが幸せになればいいとは祈らなかったと思う。



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